途方に暮れなずむ

途方に暮れていたり、いなかったり。

ホラーなベアー

中くらいの人がすうすうと寝息を立てて眠っている。なぜか右手を左胸の上に置いていて、まるで国に忠誠を誓うアメリカ人みたいだ。

その傍ら、と言っても完全に布団から外れたところに、何やら物体が横たわっている。くまのあみぐるみだ。

中くらいの人は、目が堅い赤ん坊だった。とにかく眠らない。今はぼんやり系フェイスの彼だが、当時は小さな顔に大きな眼をきらっきらさせていた。常に。

余談になるが、ベビーカーを押していたら、見知らぬ人にいきなり「お父さんはブラジルの方ですか?」と声をかけられたことがある。(生まれてすぐの黄疸対策で、紫外線に当ててこんがり焼けていたため、ちょっとしたビーチ・リゾートっ子風効果もあったと思われる。)

話を元に戻す。たまに電池が切れたようにすうと眠るのだが、驚くほど高性能の体内時計を持って生まれてきており、きっかり2時間で目を覚まし、泣き喚く。

ふたたび余談になるが、彼がこの世に出てきた瞬間、手術台の上の私の口をついて出たのは「(うるさくて)すみません」という言葉だった。人間の声で私の鼓膜をあれほどビリビリと震えさせたのは、後にも先にも彼の産声だけだ。世の中のその他の音が一切聞こえなくなるほどの威力を持つ。

ふたたび話を元に戻す。くま。そう、そんな事情があって、誕生したのが例のくまである。大きなあみぐるみを作って、添い寝させようという魂胆だ。なんせこま切れの時間で家事をこなし、さらにその隙間時間にしか編み針を持てないので、まるで地道に脱獄用の地下トンネルを掘り進める囚人のようであった。見回り(彼の目覚め)の時に編み物に没頭していようものなら、処罰(鼓膜ビリビリ)だ。

とにかく、そのようにしてあのくまは出来上がった。当時はネットショッピングなどしていなかったし、材料は近場のお店で手に入る物限定。時間をかけてじっくり悩むこともできず、選んだオーガニックコットン糸はベージュで、仕上がりは妙に艶めかしく、目玉にしたボタンは赤と緑の縁取りで、なんだか穏やかではない。

結局、私の企みは失敗に終わった。あんなものにだまされる赤ん坊ではなかったのだ、中くらいの人は。添い寝はおろか、戯れもなかったように記憶している。その後、何度か引っ越しを繰り返したのもあって、くまは私の手によって何度か古着用のごみ袋に突っ込まれた。けど、その度に中くらいの人の手によって元に戻されている。戯れもしないのに。

そういった経緯で、もはや寝具だか壁紙だか床だかの一部と化していたあのくまが!なんと!中くらいの人とコラボしているのをはじめて見たのだ。先般の大雨以来、雨音の幻聴でなかなか眠れず、夜中にごそごそしていたところ、うすら闇に、バレリーナのごとく高々と上げたくまのひょろ長い片足が見えた。そして、そこに中くらいの人の頭が乗っかっているではないか!明らかに事故であるが、ひたすらに地下トンネルを掘り続けていたあの頃の自分が報われた気がした。しばらくすると、中くらいの人はあっさり寝返りを打って、ものの見事にコンビは解消。苦節十何年、できたら写真にでも収めたかったが、面倒くさいので瞼に焼きつけるに留めた。

なお、このことは中くらいの人には伝えていない。私が時々、ひとりでむっつり反芻するネタとして大事にしていこうと思う。

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↑ホラーなベアー。腕枕ができるように、胸から腕にかけてマッチョな仕様になっている。脚には原因不明の浮腫みが見られる。皆が寝静まったあと、副業で何らかの立ち仕事をしているのかも知れない(とは言え、本業の添い寝が廃業状態のため、そちらが本業の可能性大)。つぶらな瞳が、隠し持った狂気をチラつかせている。