途方に暮れなずむ

途方に暮れていたり、いなかったり。

雨井さんと緑

雨井さんがやって来た。最後に会ったのは、たしかお盆の頃だったので、2ヶ月ほどのご無沙汰だった。

その間いろいろと変わったことはあったのだろうけども、雨井さんが目をつけたのはこちら↓

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フィランサス ミラビリス。特に植物好きというわけでもない雨井さんが、前に見たものと違う株なのか、とかやたら気になるようなので、以前の写真と見比べてみることに。

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たしかに。2枚目の写真がちょうどお盆の頃の姿。成長が早い品種ではあるものの、たしかに2ヶ月でよくぞここまで。言われてみれば、少し前まで、この子はミスター・ビーンの眉毛に似ていると思っていた。それが今では、かもめか何かそこそこ大きな鳥が羽ばたいているかのよう。成長の様子をコマ送りで見られたら面白いだろうなあ。全体の大きさだけでなく、葉の色も渋めの赤色から緑色へと変化した。そして、まだまだ遠くまで枝葉を伸ばそうとしている。これからが楽しみだ。

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↑就寝。葉の閉じ方!拒絶感が半端ない。

不意に

仕事をさぼってしまった。急用ができたのは事実だが、仕事を休むか休まないかは自分で決めた。

ここしばらく思うところあって、もやもやしている。何かものすごい災難に見舞われたとか、誰かから耐えがたい仕打ちを受けたとか、そういったことではない。完全無欠のもやもやなので、心配はない。

丸1日休んだらだがが外れてしまいそうなので、自分と相談して半休とした。用を済ませて、早めの昼食をとったら出勤する。これは、自分との約束ごと。

本来の姿

新しいペンケースが届いたと中くらいの人から連絡がきた。ご丁寧に写真まで添付してくれており、それを見て愕然とした。電車の中で危うく声が出るところだった。

 

(あたり)

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(はずれ)

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全くの別物に見える。

今まで返品や交換を申し出た経験がなく、今回も最初は「こんなものなんだろう」で片づけるつもりだった。取り替えてもらえて本当によかった。

そして、何より「この程度で返品してくるなよ案件」じゃなかったことに安堵している。全く同じような品が届いたらどうしようかと気が気じゃなかったのだ。今日は安らかに眠れそう。

 

整理整頓の苦手な中くらいの人が、このシンプルなペンケースをスマートに使いこなすことができるかどうかは、また別のお話。

風と泡

例のペンケースを無事に配送業者に託すことができた。中くらいの人から渡された紙は要らず、簡単に梱包し直したブツを渡すだけでよかった。とりあえず、任務完了してちょっと気が抜けた。

さて、これからどうなるのか。猪熊デザインではないペンケースはやって来るのか。乞うご期待。

 

朝からエバーフレッシュの植え替えをしたら、思った以上に暑くて汗だくになった。本当なら9月ぐらいまでに済ませておくのが良いのだろうけども、この残暑なら構わないだろう。なかなか出番がなくて仕舞い込んでいた大きめの鉢を引っ張り出してきて、エバーフレッシュの幼苗を移植。ようやく住人が決まってよかった。

 

休みの日は、ビール(という愛称の金麦糖質75%オフ)を飲みながら、風に揺れる洗濯物や植物らを眺めるのが好きだ。いい季節になった。

お昼用に買っておいたちょいとお高い系スーパーのパンは美味しくなくて残念だった。見た目は美味しそうで、そこそこいいお値段だったのに。そういえば、店内で撮った写真をアップしたらどうのこうのという類のポスターが貼ってあったような気もするし、つまりは映え狙いか。ターゲットと実際の客層が相当相違している気がするのだが。やはり、贅沢パンはパン屋で買わないとダメだなあ。

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猪熊デザイン

中くらいの人は、物との巡り合わせが悪い。

幼稚園の時、皆で植えたチューリップは中くらいの人のだけ咲かなかった。

小学校の修学旅行で絵付けした湯呑みは、見事なまでに粉々の姿で届いた。

下ろしたての靴が、その日のうちに壊れたことが2回ぐらいある(通常、靴に対して壊れるという言葉は使わないような気もするが、それ以外に言い表しようのない状況が繰り広げられる)。

数年前に買ったペンケースは、ジッパーのレールのような部品が一部脱落していた。購入時にちゃんとスムーズに開け閉めできるか試したものの、最後の最後で奥にある商品の方がきれいなのではないかと思い、それを買ったのだと言う(本人談)。

シャーペンを使えば、面白いぐらいにバキバキと芯が折れまくるので、ひと月に2回ぐらい買いに行く(これは、巡り合わせ云々というより、中くらいの人がちょっとアレなだけ)。ちなみに、私自身はシャーペンの芯を買って使い切った記憶がない。

いま頭にぱっと思い浮かぶのはこんなところだが、もっともっとあるはずなのだ。出てきそうで出て来ず、もやもやすることこの上なし。

 

今日、そんな中くらいの人のエピソードがまたひとつ増えた。Amazonで購入した革製のペンケースを開封してみたところ、内側にあたる床面全体に茶色い汚れのようなものが。そのあまりにも堂々とした様子たるや、猪熊弦一郎デザインの三越の包装紙と見紛うほど。天然のものではあるし・・・と一旦受け入れかけたが、とりあえず商品ページの写真と見比べてみることに。全然違う。こんな模様入ってない。

ということで、はじめての返品手続き。よくわからないが、明日配送業者が集配に来てくれるらしい。中くらいの人から渡されたバーコードの印刷された紙を提示すれば、あとは業者がうまいことやってくれるのかな。慣れないことを前に、おばさんは今からどきどきしている。

 

 

追記: スマホを見ながら髪をがしがし触るのが癖の中くらいの人。あとには、ほっそい抜け毛が散乱している。限りある資源。やめた方がいいと助言してもやめないので、もう知らない。私の祖父は20代で禿げた。その血が流れているのだ。ひょっとしたら、髪にも縁がないかも知れない。

 

ひっそり生きている

10月に入った途端、夏が戻ってきた。

最高気温が31℃だの32℃だのというのに、出勤するとエアコンは稼働停止。無慈悲にも程がある。10時をまわった頃に館内放送でエアコンを運転する旨アナウンスあり。ありがたや。そして、16時ちょうどに停止。無慈悲にも程がある(再)。

 

頂き物のホウオウボクの種を蒔いて一週間そこらが経つが、全くもって音沙汰なし。そーっと土を退けてみたところ、見事なまでに何の変化もない種3つを確認。種蒔き前にメネデール希釈水に24時間浸してみたりもしたんだがなあ。がっかり。

事前にネットで調べてみたら、無数の真っ赤な花で彩られた、この木なんの木気になる木ぐらい立派な木の画像が出てきた。なんと、まあ。ベランダでの育成不可との記述も。どうしたものかと思いながらも、「珍しいものです。育ててみてください」とせっかく頂いたので、蒔いてみた種。やはり我が家はお気に召さなかったか。

その時一緒に頂いた発根済みのコーダツムは、ここ数日の強風に時折倒されながらも活着しつつある様子。らっきょう程の小さな球根に、がんばれ!と小声でエールを送る。

 

中くらいの人は、夏休み明けからゲーム断ちをしている。その分、勉強をするのかと思えば、そうでもない。休みになると、いそいそと料理をすることもあって、怒るに怒れない。

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↑タンドリーチキン。普段ヨーグルトを食べない中くらいの人がヨーグルトを扱う様子に胸熱。

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↑サラミチャーハン。サラミを焦がしてしまったらしいが、実際に食べてみると問題なし。

 

勉強も大事だが、料理することは生きる術。

宣言解除前日に思うことをつらつらと

9月最終日。ザワつき案件多発中の職場も含め、ここを境にいろいろなことが変わったり変わらなかったりするのだろう。平常心、と静かに唱える。

 

新型コロナの新規陽性者数が大幅に減少したことで、緊急事態宣言も解除になる。ちなみに、減少の原因は専門家にもわからないと言う。

ピーク時には380人ぐらいにまで増加した県内の1日あたりの新規陽性者は、今は30人前後。数だけ見ればたしかに随分改善している。でも、この30人前後という数字が一向に減らないのだ。

これはロックダウンすれば効果覿面間違いなしの局面なのだろうなぁ、とまず実現しそうにないことを夢想する。そして、いくら地方が平時を保っていたとしても、都会があれじゃまったく意味がないことも今回の困難で重々理解した。ウイルスがまるで新幹線で移動するかのように感染範囲を拡大するのだから。

 

良くも悪くも、もう右向け右の国ではなくなった。いろんな立場があって、いろんな考えがある。それを尊重する、ある種理想的なかたちだ。たとえ誰が国のトップに立ったとしても、今後もロックダウンなんて実現不可能だろう。

 

コロナ関連の街頭インタビューは見たくなくて、いつの頃からかチャンネルを変えるようになった。テレビ局の悪意だろうか。「緊急事態宣言とか慣れちゃって、もう特に何も感じなくなってます」とか「もう我慢の限界なので、出て来ちゃいました」とか「子どもの思い出づくりに思い切って旅行することにしました」(←公共交通機関で。私はこれが一番理解し難いかも)とか。意図的に其の手の人たちの意見ばかりを取り上げているのだろうか。「そうだ!そうだ!」と視聴者が喜ぶとでも?

 

今のこの状況を喜んでいる人間なんていないだろう。何をどう思うかは、当然個人の自由。ただ、それを恥じらいもなくテレビカメラの前で言うのは、私は違うと思う。純粋に「恥ずかしくないんですか?」これに尽きる。本人が平気だったとしても、家族的には大丈夫なの?と。顔にモザイクかけてもらってる人は、まだまともな気がする。私なら、インタビュー頼まれても絶対断るけど。人間から恥いる心を抜き去ったら、もはや超サイヤ人だよ。

 

そして、其の手の人たちがその流れで国の批判をすることにも違和感を感じる。国の方針によって深刻な不利益を被る人たちは別として、私はどのように行動するかはあくまでも個人の良識がベースになると思っている。国がこういうスタンスだから、というのはただの責任転嫁に過ぎないのではないかと。自分や周りの人を守るには、そしてこの状況を脱するにはどうするべきかは、私たち個人の言動にかかっている。どうしても出掛けたいなら、友だちと集うことなくひとりで出掛ければいい。どうしても外食したいなら、ひとりで黙々と食べに行けばいい。そして、気が済んだら、真っ直ぐ帰る。必要以上にストイックになることはない。普段からストイックじゃない人間が突如ストイックに生きたところで長続きしないぞ。今は何かと長丁場なことが多いぞ。覚えとけ。覚えとく。

 

以上、緊急事態宣言解除前日に思ったこと。

とりあえず、解除は解除だ。ばんざい。解除の状態が1日でも長く続くよう考えて行動するのだ。