途方に暮れなずむ

途方に暮れていたり、いなかったり。

救いは人それぞれ

通勤電車の中、突如、隣の女性のスマホから、そこそこ大きなボリュームで「主の言葉が・・・」などという音声が流れ出し、かたまる。こころの中で、決して私ではありませんよ、と唱える。

 

ちなみに、その時、私が聴いていたのは「私がおじさんになったよ」。私と同年代の3人のおじさんがカワオジ(カワイイオジサン)になるための方法を模索すべく、毎度きゃいきゃい喋って盛り上がる、というポッドキャスト番組。はじめは、てっきり、草臥れたおじさんたちがあまりきれいでない居酒屋の片隅でのんべんだらりと喋る感じかと思い込んでいた(で、たぶん、私はそういうの嫌いじゃない)。ところが、何度か聴いているうちに、収録場所がどうやらイケてる風の(?)カフェであること、そして、おじさんたちが愛すべきゆるさを纏った人々であることに気づいたのだった。

美容?アイドル?ドラマ?子育て?(?がウザいな)などの方面にアンテナが向いていない私には、まさにうってつけのぐいぐい来ない系ラジオ。そもそも私は、こういったメディアから新たな情報を仕入れようという気は一切ないのだ。たまたま何か知らないこと、興味が持てること、共感できることに出会えたら、しめしめとばかりにひっそりにんまりするのが何よりもしあわせ。ちなみに、番組終了時の挨拶は「おじかれさまでしたー」。もうなんて言うか、凝り固まったこころとからだがふにゃんふにゃんになるキラーワード。もしかして、皆がこの言葉を口にしさえすれば、諍いとか戦いとか無くなるんじゃなかろうか、などと思ってしまう。そんなわけで、私も(可能な限り)唱和するようにしている。通勤に、ご飯の支度に、そして何より毒抜きに、お世話になりっぱなしである。(とは言え、やはり通勤電車の中で誤ってスピーカーにしてしまう失態は避けたい・・・)

 

本日は、とりの日なり。ケンタッキーで、とりの日パック買って帰宅。

 

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↑健やかなる時も病める時も、私の耳に音楽やら言葉やらを届けてくれる頼もしいやつ。色も可愛くて気に入っている。